「土方さん!お茶にしませんか?」

その声に、俺は手にしていた筆を置いた。






休憩中の乱






入っていいと声をかけると静かに襖が開き、千鶴が盆を持って入ってきた。
千鶴はこの屯所で暮してはいるが隊士というわけでもない。
とある事情でここで軟禁状態の身だ。

「お茶をお持ちしました。今日は茶菓子もあるんですよ」

その事情と言うのはこちらの問題であり、千鶴に非は無いのだがただ飯食いを気にしてか、いつも何かできないことは無いかと気を回している。
此処にこうやって来るのもその一環なのだろう。
そんな時間を自分も楽しみにしていることは誰にも言ってはいない。

「饅頭…か?」

ふと見れば盆には湯呑と紙に包まれた何か。

「はい。そうみたいです」

その返事に、引っかかりを覚えた。

「なんだ、お前は食ってねぇのか?」

俺の湯呑と饅頭が一つ。
自分の分は持ってこないところが千鶴らしいと言えばそうだが……

「えっと…疲れた時は甘いものがいいと思いまして……」

困ったような顔の千鶴。
いつもなら俺の問いには真っ直ぐ答える千鶴が目を合しもしないところを見ると、

「一つしかないのか」

「………はい」

しゅんと俯く千鶴。
何も饅頭ごときでそこまで……
流石に不憫でならない。
それでなくとも軟禁生活に加え男装での生活を強いていると言うのに……

「……そんな顔をするな。ほら」

そう言って、俯く千鶴の頭の上にポンと饅頭を置いてやる。

「わ!?」

それだけで慌ててオタオタする千鶴に思わず笑うと、なんとか饅頭を落とさずにすんだ千鶴が口を尖らせた。
しかしすぐに饅頭のことを思い出したのか、またオロオロとしだす。
このクルクル回る表情が面白い。


……総司の悪癖がうつったか。


「ひ、土方さん、これ…」

「お前が食え。俺はいらねぇ」

「そんな!これは土方さんのです!いつもお忙しくってお疲れじゃないですか!」

駄目です!と首を振る千鶴。
そんなに俺は疲れて見えるのか?
いや、まず饅頭はそんなにすごい食い物だったか?
まるで食わねば死ぬ勢いだ。

「俺はそんなに疲れてねぇよ。大体饅頭ごときでそう変わるかよ…」

溜息をつけば、またむくれる。
どうすりゃいいんだ。

「食いたくないのか?」

仕方なく饅頭を紙から外し、千鶴の顔の前に持って行く。
すると面白いほどに目を輝かせる。が、

「い、いりません…」

「嘘付け」

痩せ我慢見え見えだ。
そんなに食いたきゃ素直にそういやいいのに強情に首を振る。

「しかたねぇな」

こうなったら実力行使だともう一度溜息をつき、ニヤリと笑った。
自分でも自覚がある。あれだ、総司が悪巧みしている時と同じ類の笑み。
日頃それにお世話になっているだろう千鶴も何かを察したか、「わ、私はこれで!」と逃げ出そうとする。
が、俺もこの新選組の副長。たかが小娘一人を逃がすはずもない。

「逃げるこたないだろ?」

「ひ、土方さん!?」

腕をつかみ、もう片方の手で饅頭を掴む。
そして……

「素直に……食え!」

口の中に無理やり押し込んだ。

「ふごっ!?」

「どうだ?うまいか?」

勝ち誇った笑みを作れば、悔しそうに歪む千鶴の顔。
しかし、その口はしっかり饅頭を咀嚼している。

……素直じゃない。

その様子に笑いながら、休憩が長すぎたと仕事に戻ろうと千鶴に背を向けた……その時だった。

「ふぅ!?ごっ…ゴホ!ゴホ!」

「千鶴!?」

唐突にせき込み始めた千鶴。
喉にでも詰まらせたのかと思ったが……どうやら違うらしい。
目からポロポロと涙を流し、俺の茶を問答無用で口に流し込む。
それでも足らないと急須の中の茶まで飲み干して……一言。

「辛いーーーーーーーー!!」

「は?」

ポトリと転がった食べかけの饅頭の中身は……真っ赤だった。

「なんだこりゃ…」

外見はただの饅頭だったが中は違ったらしい。
誰かの悪戯だろうか。………誰かは考えずともだが。

「お前、まさかこの饅頭は…」

アイツに貰ったんじゃねぇだろうな。

そう続けようとしたが、それは千鶴が立ちあがったために阻まれた。
どうやらまだ辛さが取れないらしく、口を押さえ涙を流す千鶴は痛々しい。
大丈夫かと声をかけようとしたが……


「……っふっえ……土方さんなんか…土方さんなんか、大っ嫌いです!!!」


その前に千鶴が口を開き、衝撃の言葉を残して部屋から飛び出して行ってしまい、


「……俺が…悪いのか?」


呟いた言葉の返事は……返っては来るはずもなかった。









結局、例の饅頭は案の定沖田総司の仕業だと言うことがわかった。
が、その後嫌な問題が残ってしまった。

「だから言ってるだろうが。俺は何もしてやしねぇよ」

「だったら何で千鶴が泣いてんのさ!」

「そうだぜ?女を泣かすなんて男の風上にもおけねぇな」

「それを言うなら総司の奴に…」

「あれ?僕に責任を押し付けるんですか?酷いなぁ」

「……副長」

どうやら、千鶴が俺の部屋を出て行くのを斎藤と総司に見られたらしい。
そして千鶴が泣いているってのでを平助と左之助まで絡んできてこのざまだ。
総司はしらばっくれるわ、あの斎藤まで俺を冷たい目で見るわ……

饅頭を口に押し込むのはそんなに悪いことか!?


「土方さん。いい加減に観念したらどうですか?千鶴ちゃん、ショックで何も言えなくなってるじゃないですか」

「……っ!?」

何より問題なのは……誤解を解くにあたって最も証言が必要な千鶴の声が……出ないのだ。
必死に首を振る千鶴だが、総司は全く無視して可哀想にね。と抱きしめる。


元凶はお前だろうが!!




結局、誤解が解けたのは千鶴がまともにしゃべれるようになった三日後のことだった………




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碧様、1100キリ番リクありがとうございました!

『土方さんと千鶴でほのぼの』でした。ご期待に添えられたことを願って……

うん。ほのぼのか?というのは自覚しております;
結局ギャグに走ってしまうのだね。私は……

それでは碧様のみお持ち帰りOKです。

リクエストありがとうございました!!

風舞 葉